記憶の裏側で

 異国の、静寂に包まれた街角で、アキラは遠い空を見上げていた。半世紀近い歳月が流れた今もなお、まるで昨日の出来事のように、その記憶は生々しい。あの日、彼の世界が音を立てて崩れ去った夜の記憶が、鮮明によみがえる。



1987年10月19日、テレビのニュースがけたたましい声で「ウォール街、史上最大の暴落」と、ニュースキャスターの声が執拗に繰り返していた。世に言う「ブラックマンデー」の夜だった。父は普段の彼からは想像もできないほど顔色を失い、ただ隣で表情を硬くしていた母の姿も、彼の脳裏に焼き付いている。その夜を境として、それまで父の書斎に飾られていた高価な美術品や骨董品は、まるで幻だったかのように、音もなく姿を消した。家族の誰もがその話題に触れることを避け、家中に重苦しい沈黙が張り詰めた。それが、アキラにとっての「消えた富と家族の秘密」の序章だった。やがて、父はある日突然、家を去った。母は何も語ろうとせず、アキラもまた、子供心にその秘密を深く胸の奥底に封じ込め、長い年月を生きてきた。


それから長い歳月が流れ、アキラはいつしか白髪の老人となっていた。友人たちに誘われ、人生初の海外団体旅行に参加した。まさかこの歳になって、自分がこれほど遠い異国の地を訪れることになるとは思いもしなかったが、異国の風は、彼の心に不思議な安らぎをもたらした。


旅の終わりを告げる最後の夜、ホテルの一室で荷物を整理していたアキラの手が、スーツケースの奥に仕舞われた古い手帳の、ページとページの間に挟まれた硬い感触を捉えた。取り出してみると、そこにあったのは、一枚の色褪せた写真だった。


写真には、若き日の両親が、屈託のない笑顔を浮かべている。そして、その隣には見慣れない東洋系の男性が立ち、父が親しげに彼の肩に手を回しているのが見て取れた。写真の裏には、父の達筆で短いメモが記されていた。


「この地で、新たな人生を。アキラ、すまない。」


その瞬間、彼の脳裏に自身の名前が鮮やかに浮かび上がった。「アキラ」


あの「消えた富」は、父がこの男性と共に、この異国の地で新しい人生、新しい事業を始めるための資金だったのだろうか。そして「家族の秘密」とは、私たち母子を捨てたのではなく、父が自ら選んだ、もう一つの人生だったとでもいうのか。半世紀近くもの間、彼の心に重くのしかかっていたわだかまりが、静かに、しかし確かに氷解していくような感覚に、アキラは包まれた。


一枚の、忘れ去られていたはずの写真が、半世紀もの時を超え、異国のホテルの一室で、途絶えていた家族の絆を繋ぎ直す、唯一の糸口となった。窓の外に広がる異国の街の灯りが、彼の目にじんわりと優しく映った。アキラは、その一枚の写真をそっと胸に抱き、静かに目を閉じた。

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