家族のきずな
灼熱の夏だった。アスファルトが溶け出すような日々が続き、蝉の声は狂ったように鼓膜を打ち鳴らした。リビングのホログラムテレビでは、連日「異常気象下の最高気温記録更新」が報じられている。この狂った気候が、我が家の狂気を増幅させているようだった。テーブルには、僕――ケンジと、妻のミサキ、そして息子――と呼ぶにはどこか奇妙な存在、ハルが座っていた。ハルは、二年前に病で亡くなった僕らの息子、ハルキのクローンだ。クローン技術が一般化されて久しいが、倫理的な議論は今も尽きない。僕自身、研究者としてその開発に携わった過去があり、ハルを家族に迎えることは、ある意味で自分の研究の成果を体現することでもあった。ミサキはハルに対し、常に一歩引いた態度をとった。ハルキそっくりの顔立ち、声、仕草。しかし、ミサキの目には、そこに「ハルキ」はいなかった。ただ、僕だけが、ハルにハルキの面影を重ね、縋り付いていた。その日、僕のスマホの「未来予知アプリ」が、かつてないほど明るい予報を提示した。「明日、家族の絆はかつてないほど強固になります。最高の思い出が生まれるでしょう。」アプリはそう断言した。ミサキは信用していなかったが、僕は藁にもすがる思いだった。ハルも、純粋な好奇心で目を輝かせた。翌朝、アプリの予報に従い、家族三人で郊外の古い遊園地へ向かった。ハルキが好きだった場所だ。到着した瞬間、空が急速に黒ずみ、巨大な雷鳴が轟いた。予報では快晴のはずだったのに、突如として激しい嵐に見舞われたのだ。ゲリラ豪雨と強風。未来予知アプリの誤報だった。僕らはびしょ濡れになりながら、慌てて帰宅した。家にたどり着いた時、事件は起きた。玄関の生体認証ドアが、ミサキと僕の顔を認識し、カシュンと音を立てて開いた。しかし、ハルがステップに足をかけた瞬間、ドアは赤いライトを点滅させ、「アクセス拒否。未登録ユーザー。」と機械的な音声を上げた。「どういうことだ?」僕は慌ててドアの認証パネルを叩いた。「ハルは家族だぞ! 登録済みのはずだ!」
ミサキも顔色を変えた。「ハル、もう一度やってみて!」ハルは言われるがままに、顔を認証パネルに向けた。しかし、何度試しても結果は同じだった。「アクセス拒否。未登録ユーザー。」外は嵐が激しさを増し、冷たい雨と風がハルの体に容赦なく打ち付ける。ハルは怯えたように目を丸くし、僕らを見上げた。その瞳は、ハルキのそれと瓜二つなのに、どこか違っていた。怯え、そして少しの絶望が滲んでいた。「故障か? システムエラーか?」僕はアプリの誤報と、この生体認証ドアの反乱が、まるで連動しているかのように感じた。「ケンジ、ハルが震えてるわ!」ミサキの声が緊迫していた。
僕は生体認証ドアのメーカーに電話をかけたが、異常気象によるシステムダウンで全く繋がらない。未来予知アプリは、その後も「あなた方の絆はさらに深まります」などと無責任な予報を出し続けていた。「もしかして、クローンだから……?」ミサキが蚊の鳴くような声で呟いた。
その言葉は、僕の胸を抉った。ハルのDNA情報は、ハルキとほぼ同じだ。しかし、長い培養期間や、個体としての微細な成長の差異が、システムの「正確な」認証を阻害しているのかもしれない。生体認証システムは、純粋なオリジナルしか受け入れない。僕らの家は、システムによってハルを「異物」と判断したのだ。僕らはドアを叩き、呼びかけた。ハルは雨に濡れながら、ただじっとそこに立っていた。外は異常気象の嵐が吹き荒れる。雷鳴が轟き、空はもう真夜中のように暗い。「ハル! 大丈夫か!?」僕は叫んだ。
ハルは、力なく首を横に振った。クローン技術が変えた家族。僕らは亡き息子を取り戻したと信じていた。だが、それは僕らの間に、そして社会との間に、深くて見えない溝を刻んだだけだったのかもしれない。生体認証ドアの反乱は、その溝が物理的な断絶となって現れた象徴だった。あの未来予知アプリの誤報は、僕らに最高の思い出ではなく、最も残酷な現実を突きつけた。
嵐の夜は長く、そして、「異常気象下の夏の終わり」は、すぐそこまで来ていた。冷たい雨が、ハルを、そして僕らの家族の絆を、洗い流していくようだった。ドアは、決して開かなかった。
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