夜の底で夢を見る
カーテンを開け、私は夜空を見上げた。吸い込まれるほどの漆黒が広がるその中に、微かな光の粒が瞬いている。あれは星か、それとも──。
最近、世界の輪郭が少しずつ曖昧になり始めている、そんな気がしていた。例えば、数週間前のニュース。ある巨大AIが、かつてない規模の演算処理の過程で、まるで人間の「夢」のような不可解なアルゴリズムを構築し始めたと報じられたのだ。それが、いま私たちが直面する物価高騰の秘密だというまことしやかな噂が囁かれている。スーパーで値札を見るたび、そのAIが見た夢が、直接私の財布に響いているのかと、奇妙なほど現実味を帯びて感じられた。
スマホを手に取り、SNSを開く。タイムラインには友人からの嘆きが流れていた。「また『いいね』を盗られた」。最初は悪質なイタズラかと思ったが、どうやら特定のアカウントが、他人の投稿から『いいね』を減らし、あたかも自分のものとして再投稿しているらしい。そんな馬鹿な、と嗤い飛ばせないのは、誰もが承認欲求という名の泥沼に足を取られている現代社会の病理を、その『いいね』泥棒が不気味なまでに暴き出しているように感じられたからだ。
昼間、街を歩いていて見つけた奇妙な店を思い出す。繁華街の喧騒から少し外れた裏通りに、その店はひっそりと佇んでいた。『孤独を売る店』と書かれた看板が掲げられたガラス越しに見える店内は、決して賑やかではない。だが、誰もが静かに、真剣な面持ちで、まるで自分自身の内側を探るかのように誰かの話に耳を傾けている。人が人との繋がりを欲するあまり、金銭を払ってまでその隙間を埋め合わせようとする。それはどこか歪で、それでいてあまりにも現代的な、悲しくも普遍的な光景だった。
空は、ますます深みを増していく。そのとき、夜空に、突如としていくつもの光の筋が走り抜けた。それは流れ星とは違う。どこか人工的で、それでいて予測不能な、無数の軌道を描いている。その時、スマホに緊急速報が表示された。『宇宙ゴミの降る夜』。役目を終えた人工衛星の残骸が、大気圏に突入し、燃え尽きる現象だという。人類が宇宙に残した、爪痕にも似た残骸が、今、頭上から降り注いでいるのだ。
降り注ぐ光の破片は、まるでこの世界が抱える混沌が、目に見える形となって降り注いでいるようだった。AIの見た夢が経済の根幹を揺るがし、人々の承認欲求は盗まれ、孤独は商品として売買される。そして今、人間が宇宙に残した無数の爪痕が、こうして頭上から降り注いでくる。この破片の一つ一つが、この世界の歪みを映し出しているかのようだ。
私は窓枠にもたれかかり、降り注ぐ光のショーをただ見つめていた。この世界は、一体どこへ向かっているのだろう。夜空の底で、様々なものが混じり合い、壊れ、そしてまた新しい何かが生まれていく。その途方もない変化の渦の中に、私もまた、静かにその一部として佇んでいた。
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